難波神社です。HPに拠りますと・・・・・「嘉永年間(1848〜1853)愛宕山将軍地蔵を祀ると伝えられ、火防の神として崇敬が厚く、陶器商人からは守護神と崇められていた。旧瀬戸物町の鎮守で、坐摩神社の境内社である。7月22〜26日の祭礼で展示される、皿・茶碗などの陶器で飾りつけた瀬戸物人形は、大阪の夏の風物詩として有名。当日周辺の陶器問屋街では陶器の廉売りも開催。」・・・・とのことです。
鳥居は東西南北すべてにありました。これもちょっとないよね・・。そして本殿は,一段高いところに設置してありました。これも,あまりないかも???
名前の通り,大阪を難波って呼ぶ----そこなのでしょうか?
造りは,少し華美で勇壮さもあるような印象でした。
境内の緑が盛んになっている最中のようで・・・心が洗われるます。
近隣か信者の方が,朝のお掃除をなさってました。
そして,この難波っていうのは大阪のミナミなのですが・・・現在、世間で認知されている「難波」は明治以降に「難波新地」と呼ばれた地域で、旧花街から発展した。・・・・とのことで,近くに右のような碑もありました。